スヌーピーとチャーリー・ブラウン ~ 負け犬の子どもたち
以前にもこのコラムで書いたかもしれないのだが、高校生の頃のぼくの愛読書の一つは『ピーナッツ』だった。スヌーピーとチャーリー・ブラウン、そしてその仲間たち。
授業なんて馬鹿らしくてろくに聞きもしなかったぼくが、昼休みになると決まって図書室のベランダで煙草をふかしながら、手当たりしだい読み耽ったコミックスが『ピーナッツ』だった。
なぜかぼくの通っていた高校には『ピーナッツ』が揃っていて、それも谷川俊太郎訳の日本版と原書の両方があったのだ。始めはもろろん谷川訳から入り込んだのだが、それだけでは満足できなかったぼくは、辞書を片手に原書の魅力を堪能することになった。
ぼくが英語を学んだのは、授業なんかじゃなく、『ピーナッツ』や『ライ麦畑でつかまえて』といった素晴らしい読み物からだった。そこに共通するのは、ユーモアと達観・悲哀・優しさ・イノセント、それから気の効いた言い回し。
敬愛するブルース・スプリングスティーンは、『No Surrender』の中でこう唄う。「くだらない授業なんかより、3分間のレコードから多くのことを学んだ」と。同じようにぼくも思春期の生き方をロックミュージックの洗礼と『ピーナッツ』から学んだのだ。
教室の外ばかりを見ていた落ちこぼれのぼくだったけど、決してただのまぬけではなかったつもりだ。誰よりも敏感にアンテナを伸ばして音楽を聴き、小説を読み、絵画を眺め、建築やファッションに貪欲だったのだから。
学校の勉強はそっちのけだった分、ずいぶん遠回りはしたけど、それらは今でもぼくの血肉となって人生の羅針盤の役目を果たしている。優れたアートには、人生の哲学がふんだんに詰まっているものなのだ。
『ピーナッツ』の作者、チャールズ・モンロー・シュルツは、1922年11月26日、ミネソタ州セントポール市で父カール、母ディナの間に生まれた。愛称はスパーキー。
1947年、セントポール・パイオニア・プレス紙に『ピーナッツ』の前身とも言うべき『リル・フォークス』シリーズを2年間掲載。ここからチャーリー・ブラウンというキャラクターは生まれ、漫画家スパーキー・シュルツにとっての真のスタートが始まった。
シュルツはアメリカ中の配信会社に『リル・フォークス』を売り込み、ついにユナイテッド・フィーチャー・シンジケート(UFS)の編集者の目にとまった。ちなみにシンジケート(配信会社)とは、新聞業界で漫画やコラム、クロスワード・パズル、その他の大衆的人気の掲載物で、新聞社が地理的に掌握不可能なものを専門に制作、販売する会社を言う。
新しく始まったコミックは、子どもの身の回りに起こる小さな出来事を、深い眼差しで描いた斬新なものとなった。しかしながらシュルツをがっかりさせる出来事がひとつあった。それは『リル・フォークス』というタイトルが著作権の問題から使えなかったのだ。そこでシュルツの漫画のタイトルは、UFSの意向により『ピーナッツ』に変えられてしまった。ピーナッツには、取るに足りないとか、つまらないとかいうイメージがあり、スパーキー・シュルツは最後までそのことを気にかけていた。
『ピーナッツ』が成功したのは、もちろんそれぞれのキャラクターがユニークだったからだが、シュルツ自身は、自ら考案した十二の工夫のおかげだと言う。
それは『ピーナッツ』の中で繰り返し描かれるおなじみのギャグだ。
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○ まずは『凧食いの木』 → お人好しのチャーリー・ブラウンが必ず凧を絡ませ自らも絡まってしまうお約束の木。
○ 『シュローダーの音楽』 → ベートーベン大好き少年シュローダー奏でるピアノから立ちのぼる音符では、スヌーピーやウッドストックが遊び回り、チャーリー・ブラウンの凧もこれに絡まったりするのだ。
○ 『ライナスの毛布』 → 『ピーナッツ』の中で一番賢いライナスが離すことのできない安心毛布。時折スヌーピーと奪い合い、熾烈な戦いになる。
○ 『ルーシーの精神分析スタンド』 → 過剰なほど人間心理の探求を行ってきた『ピーナッツ』だが、ルーシーを用いて精神分析医とその仕事を共感しながらもパロディとして扱っている。
○ 『スヌーピーの犬小屋』 → なぜか我々は側面からしか見ることの出来ない赤い犬小屋。スヌーピーはいつも屋根の上で想像の世界に思いを巡らせている。小屋の中には玉突き台やヴァン・ゴッホの絵もしまわれている。
○ 『スヌーピー自身』 → 日本ではスヌーピーそのものの名が漫画のタイトルとなっているが、本来『ピーナッツ』の中の一キャラクターに過ぎない。しかしこの世界一有名なビーグル犬なしに『ピーナッツ』はそもそも成り立たないのだ。
○ 『レッド・バロン』 → 『ピーナッツ』の個々エピソードの中で、最も人気のあるのが、このレッド・バロンとスヌーピーを主役に据えた一連のシリーズ。第一次世界大戦の撃墜王となってスヌーピーは世界を駆けめぐる。
○ 『ウッドストック』 → スヌーピーの相棒として、ぼけ役を引き受ける黄色い小鳥。実は彼は長髪でお洒落好きな鳥なのだ。
○ 『野球の試合』 → ピッチャーズマウンドでのチャーリー・ブラウンは、いつも試合に負ける心配をしている。それでも必死に勝つことを願い、懸命に奮闘するが、結局は完敗してしまう。負けること。これこそが『ピーナッツ』宇宙の永遠の摂理でもある。
○ 『フットボールのエピソード』 → 毎年秋になると必ず描かれるのが、このプレイス・キックのギャグ。走ってきたチャーリー・ブラウンがボールを蹴ろうとするまさにその瞬間、ルーシーにひょいとボールをどかさせてしまう。今年こそは、今年こそはと走りこむチャーリー・ブラウンだが、それでもひっくり返り、最後にはルーシーが勝ち誇るのだ。
○ 『かぼちゃ大王』 → ハローウィンの季節になると純真なライナスはかぼちゃ畑で、かぼちゃ大王が自分にどっさりプレゼントを持ってきてくれるのを待ち続ける。
○ 『小さな赤毛の女の子』 → 敗北感が『ピーナッツ』の根底に流れるように、叶わない恋というのも『ピーナッツ』の重要なテーマである。赤毛の女の子に恋い焦がれるチャーリー・ブラウンは、マーシーやペパーミント・パティがいくらチャーリーに告白してもまったく意に介さないのだ。恋というのは実にうまくいかず、また切ないものである。
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世界中の人々を楽しませた『ピーナッツ』だが、スパーキー・シュルツの死により50年の歴史に幕を閉じることとなった。
シュルツは2000年2月12日、カリフォルニア州サンタ・ローザの自宅で眠っている間に亡くなった。77歳だった。
Category : 漫画 |
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