豊かな自然と平和主義の国 ~ コスタリカ
ここ数年、コスタ・リカ共和国(以下コスタリカ)が世界中から注目されているのをご存知だろうか? その理由は幾つかあるが、主だったものを列挙してみると、
- 世界で唯一の非武装永世中立国(常備軍を廃止したのは1949年)
- 国連平和大学(世界初)及び地球評議会事務所設立
- アリアス大統領(当時現役) ノーベル平和賞受賞
- 国家予算の21%が教育費(2000年度)
- 200海里経済水域を世界で最初に宣言
- 国土の約24%が国立公園(保護区)
- 地球上の全動植物種の約5%が生息
などが挙げられる。これらはコスタリカが非常にユニークな国と言われる由縁だ。またコスタリカの治安はアメリカ大陸で一番良いとも言われている。
コスタリカは、北米大陸と南米大陸の中間に位置する、四国と九州を合わせた程の大きさの国である。太平洋とカリブ海に面し、国土の中央部を現在も活動中の火山帯が占める変化に富んだ地形が、素晴らしい自然を育んでいる。
パナマ・ニカラグア両共和国と南北に隣接するコスタリカは、近年その熱帯雲霧林の豊かな植生に代表される多様な生態系を生かした「エコ・ツーリズム」の一大中心地として世界からの注目を浴びている。特にハチドリや「幻の火の鳥」とも称されるケツアールなどの珍鳥が観察できることから、同国は「鳥の楽園」としても知られている。
しかしコスタリカのある中米地域といえば、政治的に動揺・混乱の著しい地域という印象が否めない。キューバのような社会主義国家もあれば、他方では軍部政権・右派勢力が権力を握っている国も少なくない。
危機管理に関する調査会社「ワールド・マーケッツ・リサーチ・センター」(本社ロンドン)による最新のレポート「グローバル・テロリズム・インデックス2003~04年版」の中で、今年一年の間に世界で最もテロの被害に遭いやすい国の一位にコロンビアが選ばれるなど、世界中で最も緊張度の高い地域でもある。ラテン・アメリカ全般に言えることは、「米州」の諸国としてアメリカ合衆国との関係は(キューバは別として)、さまざまな意味で密接であり、そしてそれはアメリカの民主政治とは態様がかなり異なっているということだ。
その中でコスタリカの場合は、非武装平和憲法を自国の努力のなかで採択してきた。さらにその立場を、その後の政治外交過程のなかで発展させてきた。非武装平和憲法と非武装中立政策とは、経済地理的に複雑な環境にあるコスタリカの人たち自身が決めたものであり、コスタリカの国益と密接に関連しているのである。
ニカラグア・エルサルバドルの内戦をはじめ周囲の中米地域における紛争が激化するなか、1983年11月17日コスタリカは、モンヘ大統領の声明として「積極的・永世・非武装中立」を宣言した。
宣言はその骨子を、
- 中立は将来に渡り永久であり、一時的なものではない。この中立は、他の国々の間に生じる敵対的な紛争全てに適用される。
- コスタリカの中立は積極的なものである。中立は政治的・イデオロギー的に不偏不党であることを意味しない。
- コスタリカの中立は非武装である。
とするものであった。積極的中立の意味をモンヘ自身、「我々はイデオロギー的に中立という訳ではない。我々はデモクラシーを支援して、あらゆる独裁政治に反対する」と敷衍して説明している。
この「積極的・永世・非武装中立宣言」は、コスタリカが軍備放棄以来実践してきた国家実行を、改めて定式化すると同時に、周囲の中米紛争深刻化とアメリカ合衆国レーガン政権(当時)による強硬な対中米政策推進という国際環境の下、非武装民主体制を保持し続けるという意志を世界に向けて発信したメッセージでもあった。
コスタリカの発したこのメッセージは、ラテン・アメリカ諸国をはじめ西欧・北欧諸国・デクアエル国連事務総長(当時)など、米国レーガン政権以外からの支持・歓迎あるいは評価を受けた。
結局レーガン政権も1984年9月、コスタリカの中立を正式に認知するに至った。モンヘの後任アリアスは、紆余曲折を経ながらもレーガン政権の圧力に抗して非武装中立政策を徹底化し、その中米和平への自発的なイニシアティヴが評価され、1987年ノーベル平和賞を授与されている。
またコスタリカは国際社会において、基本的人権の国際保障に熱心であるという事実もある。コスタリカ共和国憲法第31条には、こう書いてある。「コスタリカの領土は、全ての政治的亡命者の避難地である」。
それから国連安全保障理事会(安保理)非常任理事国であった98年6月、インド・パキスタン両国が行った核爆発実験に対し、両国を非難する安保理決議を、日本国政府に協力して採択に持ち込んでもいるのだ。
しかしながらコスタリカが60年代以降、アメリカを除いて近隣の中米諸国には覇権主義的・侵略的政権が存在しないという環境の中で、非武装政策を維持しえたのは、自国の国防・安全保障をアメリカが主導する米州機構(OAS)、米州相互援助条約(リオ条約)に依存したこと、そしてコスタリカの対米従属外交によってのみ可能であったとも言える。
中南米においては、1950年代以降この半世紀間、アメリカの権益を侵す政権と見られた民族的・革新的政権はすべて、この地域を「裏庭」=「勢力圏」と考えるアメリカによる直接・間接的軍事介入あるいは干渉を受けており、キューバとベネズエラを除いた政権は倒壊させられているということを考慮しなければならない。
言語学者であり国際政治学者でもあるノーム・チョムスキーによれば、
「米国は、その国の労働者の権利が抑圧され、海外からの投資条件が良好であるかぎり、その国の社会改革を許容する。コスタリカ政府は、この決定的な二つの義務をいつも遵守してきたので、ある程度の改革を許されてきたのである」
とコスタリカのこれまでの社会改革の性格を的確に指摘している。
つまり簡潔に言えば、ラテン・アメリカ地域においてアメリカの干渉を受けない政権あるいは政策は、革新的・民族的ではないということである。
歴史的に見て、中南米諸国の政府が革新的な内外政策を実行した場合にはいつも、アメリカの軍事介入を受けるので、自らを武装して守らざるをえないという厳しい現実がある。
このような状況で、国際世論に訴えて非武装を貫き、非同盟に参加し、その上で革新的政策を実行することは、理想主義の理論的には望ましいとしても、非現実的な考えとならざるをえない。
結局のところコスタリカの場合、アメリカが憂慮するほどの革新的な内外政策を犠牲にし、かつ親米協調路線を維持してはじめて可能となった非武装と読むこともできる。
だとしてもコスタリカは、前述したように世界に類を見ない憲法、政策、そしてマニフェストを宣言し、また実行している。
その意味で「平和憲法」を掲げる我々日本人および日本国家が、コスタリカから学ぶことは実に多いと言えるだろう。
Category : 政治 |
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