『新明解』リローデッド
ずいぶん前から気になっていることがあるのだけど、日本人はなぜ、自分の著作や論文などに書いた言葉の意味の典拠を『広辞苑』に求めるのだろうか?
数多ある国語辞書の中から、『広辞苑』が選ばれる根拠とは、いったいなんだろうか? たぶんそれは、『広辞苑』から言葉の意味を引用していれば、とりあえずみんなが納得するだろうと言う簡単な理由からなのだろう。つまり『広辞苑』なら、日本語においてデジュール・スタンダードではなくても、デファクト・スタンダードたる地位を占めていると、大多数の人々が無意識に思っているのだ。
しかし『広辞苑』という辞書は、とてもつまらない一冊だ。たしかに言葉の量的には、それ一冊で、大抵の日本語についての意味を調べることが出来る。でも、ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもないのが『広辞苑』という辞書の特徴で、書いてあることは当たり障りのない無味乾燥な言葉の羅列だ。
それとはまったく対極にあるのが、三省堂が発行している『新明解国語辞典』。実は今、日本で最も売れている国語辞典である。1972年に初版発行され、以来版を重ね、現在では第5版まで出版されている。第2版まではおとなしい普通の辞書だったが、第3版からは堰を切るように国語辞典における独自のスタイルと、編集主幹・山田忠雄氏による言葉の解釈をいかんなく発揮し始めた。
以下にほんの少しだけ、この辞書に記載されている言葉のいくつかをピックアップしてみたい。
- れんあい【恋愛】
- 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態 (第4版)
「合体」って?いったい! 『釣りバカ日誌』じゃあるまいし。しかし「常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる」という部分の切なさは、恋愛小説一冊分の内容をたった一行で説明しきっている潔さと深みがある。同じく「恋愛」という言葉を『広辞苑』で調べてみると、「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情」と書いてある。は~あ?である。そんなこと知ってるっちゅうの!
『広辞苑』というのは、こんな程度の辞書なのだ。それに引き替え『新明解』の根底に流れているのは、言葉への愛、愛情だ。あるいは、揺れ動く感情と言ってもいいかもしれない。
- はまぐり【蛤】 〔浜栗の意〕
- 遠浅の海にすむ二枚貝の一種。食べる貝として、最も普通で、おいしい。殻はなめらか。〔マルスダレガイ科〕 [数え方] 1枚(第5版)
「おいしい」って?いったい! 主幹の山田さんは「はまぐり」をおいしいと思うのだ。確かにはまぐりはおいしい貝だけど、そんなことが書かれてる辞書って他にありますか?。それに主幹曰く、はまぐりは「最も普通」の貝なのである。私はあさりが「最も普通」の貝だと思っていたが、山田さんに言われてしまうと、そう納得するしかなくなってしまうのが不思議だ。
- なまじ(副)
- 十分な成果が期待できないのに、何かを敢えてする様子
「なまじ女が柔道など習ってもしようがない」(第3版/第4版もほぼ同じ)
柔道のヤワラちゃんが聞いたら激怒して山田さんを投げ飛ばしてしまいそうな用例だが、本当にヤワラちゃんに一本背追いでも受けてしまったのか、第5版では、こう切り返してきた。
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