うつの時代 2
早いもので、このコラムの連載も30回目を迎えました。これもすべて読者の皆様と編集部の方々のおかげだと感謝しています!
今思えば、連載を始める数年前からうつ病の傾向が始まり、治療を受け始めた今日までの間には、数々の精神的疲労の波がやってきては去っていったことを思い出します。うつの治療を始めてからは、凝り固まったネガティヴな性格のせいで、これまでの人生では実に多くの無駄な心労を抱えてきたことを、今更ながらに気づかされました。
だけどこの気づきは、自分にとって革命的な出来事だったのです。なぜなら性格は変えられるという結論に達することが出来たからです。そう、性格は変えることが出来るのです!
私がそう思えるきっかけとなったのは一冊の本でした。それはペンシルバニア大学精神科教授デビッド・D・バーンズ著『いやな気分よ、さようなら ~ 自分で学ぶ「抑うつ」克服法』(野村総一郎他訳,星和書店,1990)です。
これは認知療法という心理療法について書かれた本で、しかも心理療法室や病院で専門家が行う治療だった認知療法を、悩める人自らが学べるように書かれた画期的な書物なのです。
この認知療法の気分改善効果は、驚くべきもので、うつ病に対して、抗うつ薬と同等か、あるいはそれ以上の治療効果があるとアメリカの医学界で証明された初めての精神・心理療法なのです。
認知療法は、同じくペンシルバニア大の精神科医アーロン・T・ベックによって創始され体系化されたうつ病治療法で、それまでの精神療法の多くがそうであったように患者の過去を問題にするのではなく、患者の今現在の出来事や物事に対する認知(=ものの見方や考え方、価値観、こだわり)に照準を合わせ、うつ病患者に特有の悲観的なものの考え方=認知の歪みを取り除いてゆく方法です。
この認知の歪みは、気分の沈み込みと深く関係して、特にうつ病患者の場合、この歪んだ考え方がほとんど自動的な思考になってしまっているので、まるで「心の癖」のようになっています。またこの自動的思考の背後にあるのが、スキーマと呼ばれる個人の中にある、かなり一貫とした知覚・認知の歪んだ思考の構造です。認知療法におけるうつ病治癒では、この自動的思考とスキーマにおける認知の歪みを変えてゆくことを目標とします。
うつ病患者に特有な認知としては、
- 過度の自責感や罪悪感といった自己に対する否定的な見方。
- ペシミズムを代表とする自己を取り巻く世界に対する否定的な見方。
- 絶望感を中心とした将来に対する否定的な見方。
これらの3要素が挙げられます。この悲観的で否定的な見方に対して、「それが自分の性格だからしかたない!」と諦めてしまう人もいますが、その考え方自体がすでに認知の歪みです。
認知療法では、様々な手段を用いてこの認知の歪みを直してゆきます。ベック自身は明確にこう考えます。
- 憂うつであったり不安なときには、合理的な考えができず、悲観的に考えすぎ、自分を傷つけるように振る舞ってしまう。
- しかしそれは認知療法による簡単な努力により、歪んだ考え方を正すことができるようになる。
- 症状が治れば、再び生産的で、幸せになれ、自信が回復する。
- 以上のことは、単純明快な方法で、比較的短期間に成し遂げられる。
それでは以下にうつ病患者が陥る10種類の認知の歪みを、前掲書『いやな気分よ、さようなら』(p35)から引用して列挙してみます。
認知療法では、患者が自ら日々の生活の中で自動的に頭に浮かんでしまう下記の認知の歪みを書き留め、その度毎に認知を修正してゆくことによって、それまでの悲観的な気分や行動を、前向きで健全なものにするのです。
- 全か無か思考: ものごとを白か黒のどちらかで考える思考法。少しでもミスがあれば、完全な失敗と考えてしまう。
- 一般化のしすぎ: たった1つの良くない出来事があると、世の中すべてこれだ、と考える。
- 心のフィルター: たった1つの良くないことにこだわって、そればかりくよくよ考え、現実を見る目が暗くなってしまう。ちょうどたった1滴のインクがコップ全体の水を黒くしてしまうように。
- マイナス化思考: なぜか良い出来事を無視してしまうので、日々の生活がすべてマイナスのものになってしまう。
- 結論の飛躍: 根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。
a.心の読みすぎ: ある人があなたに悪く反応したと早合点してしまう。
b.先読みの誤り: 事態は確実に悪くなる、と決めつける。
- 拡大解釈(破滅化)と過小評価: 自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する。逆に他人の成功を過大に評価し、他人の欠点を見逃す。双眼鏡のトリックとも言う。
- 感情的決めつけ:自分の憂うつな感情は現実をリアルに反映している、考える。「こう感じるんだから、それは本当のことだ」
- すべき思考: 何かやろうとする時に「~すべき」「~すべきでない」と考える。あたかもそうしないと罰でも受けるかのように感じ、罪の意識をもちやすい。他人にこれを向けると、怒りや葛藤を感じる。
- レッテル貼り: 極端な形の「一般化のしすぎ」である。ミスを犯した時に、どうミスを犯したかを考える代わりに自分にレッテルを貼ってしまう。「自分は落伍者だ」。他人が自分の神経を逆なでした時には「あのろくでなし!」というふうに相手にレッテルを貼ってしまう。そのレッテルは感情的で偏見に満ちている。
- 個人化: 何か良くないことが起こった時、自分に責任がないような場合にも自分のせいにしてしまう。
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