うつの時代 1
現在の職場では、何十台というコンピュータと複数のサーバーに囲まれているせいか、電磁波の影響と思われるひどい頭痛にずっと悩まされていた。そのために脳神経科にも通って精密な検査を受けてみたが、処方される薬はなぜかどれも効かなかった。
「参ったなあ」と思い続けながらもストレスを抱えた仕事を続けていた頃、仕事以外にも個人的な問題が重なり、とうとう精神的に壊れてしまった私は、いつしか死にたいと思うようになってしまった。
夜になると次の日の仕事が頭をよぎり、布団にもぐりながら絶望的な気分に陥っていた。仕事も休みがちになり、将来に対する茫漠とした不安が思考を支配し、陰うつな気持ちから逃れることができなくなってしまったのだ。
このままでは本当に生きていけないと思った私は、友人に紹介されたメンタルクリニックを訪ねてみた。
都内の下町にあるそのクリニックは、こじんまりとしてすっきりとした待合室に、静かなクラッシック音楽が流れていて、精神科に対するちょっとした恐怖心のあった私をほっとさせてくれた。
以前友人がリストカットと自殺企図を繰り返し、とある精神病院の閉鎖病棟に強制入院させられた時に、お見舞いに行ったことがあるのだが、そこはナースステーションに入るためにまず鍵が掛けられていていて、さらにナースステーションから病棟に入るためにもう一つ鍵が掛けられているという物々しい場所だったのだ。各病室の窓には、鉄格子が嵌められていて、なんだか「カッコーの巣の上で」を思い起こさせる暗い病院だった。
しかし私が通院することになったクリニックは、そんな病院とは正反対のちょっとしたお洒落なオフィスといった感じの場所だった。
診察室は、クリーム色の壁にクリーム色のブラインドが降ろされた柔らかな部屋で、医師が使うコンピュータが一台置かれたシックな机と椅子、それに患者用の椅子と、精神療法で使われると思われるカウチ、それにストレッチャーが一台、たったそれだけだった。他の病院には必ずあるような医療機器は何一つ見当たらず、それも気持ちをほっとさせる作りとなっている。
初診では、過去から現在に至るまでのこと細かな経歴と家族構成や、さまざまな感情の起伏にあてはまるものをチェックした問診票を基に、とても長い時間をかけたカウンセリングを受けた。
医師は感じの良い紳士で、心療内科や精神科での最大の問題と呼ばれる医師とクライアントとの相性という第一段階は運良くクリアすることができた。
私がクリニックを訪れた時は、自殺願望という最大の危機を乗り切った後だったので、医師に対して憂うつな感情をリアルに表現できなかったのだが、それに対し担当医は、「みんなそうなんですよ。多くの患者さんは、一番ひどい時には家から出られないものですからね。ここに来れるということは、良くなっていく力を持ち始めたということです。まずは適切な薬を処方しますので」と言った。
診断結果は、うつ病。それも中程度の。私の話を親身になって聞いてくれたその医師は、症状に合わせて何種類かの薬を処方してくれた。
その薬は、抗うつ剤のデプロメールと、抗不安剤のレキソタン、それに副作用の吐き気を抑えるナウゼリン。抗うつ剤のデプロメールは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)といって、脳内に張り巡らされた神経細胞のネットワーク上で気分を調整しているセロトニンが、再び元の神経細胞に取り込まれてしまうのを妨げる薬剤だ。
このセロトニンの伝達がうまくいかなくなると人は、うつな気分を引き起こしてしまう。うつ病の症状の大半は、その人に合ったSSRIなどの抗うつ剤を飲み続ければ改善されると言われる。もちろんそれは急激なストレスによって引き金を弾かれた内因性のうつ病に対して有効という意味で、うつ病患者の抱える積年のネガティヴな気質や他の病気が引き起こすうつには効果が薄くなるとも言われる。
ネガティヴ思考が引き起こすうつには、薬物療法に加えて精神療法が効果的だ。中でも認知療法は今最大の注目を浴びている精神療法の一つである。これについては次回にでも詳しく書いてみたい。
話は戻るが、抗うつ剤は効果が出るまでに早くても1週間、十分な効果が得られるまでには4週間ほどかかるので、その人に合う抗うつ剤を見つけるのが一苦労となる。合う薬が見つかれば目安として、1年くらい服用を続けるとうつ病の再発が防ぎやすいと言われている。
抗不安剤はうつの症状のうち、不安、緊張、焦り、不眠、自律神経失調症に即効性の作用をもたらす。しかしうつの症状を除去することはできないので、特に不安や焦りが強い初期に処方されることが多いようだ。また頓服薬として、不安な気持ちが訪れた時にいつでも飲めるようにすることも多い。
しかし抗不安剤は長期服用すると依存性や耐性がつきやすいので、注意が必要とされる。また(その時の)私は処方されなかったが、うつ病患者には、睡眠障害が多く見受けられるので睡眠剤もよく処方される。
WHO(世界保健機構)の調査によれば、世界にはおよそ1億2100万人のうつ病患者がいる。また世界人口の10~20%がさまざまなタイプを含めたうつ病全般にかかっていると推計している。
また女性は女性ホルモンなどの生理的な影響で男性の2倍うつ病になりやすいと言われる。
とにかく私が言えるのは、現代はうつ病の時代であるということ。リストラの嵐が吹き荒れ、経済がどん底にあるこの状況で、うつな気分になるのはある意味当たり前と言える。
しかし気分的な落ち込みが2週間以上続いたら、自分はうつ病ではないのか?と疑ってみるといい。まずは心療内科や精神科を標榜する病院やクリニックに、電話で予約するのが第一歩。病院に行かず、一人悩んで仕事を辞めてしまったり自殺してしまうことは、自らだけでなく、残されたすべての人を深く傷つけるだけなのだから、絶対とどまるべきだということは理解しておくべきだろう。
Category : 病気 |
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