夏、銀河鉄道の夜に乗って
毎年夏になると、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』が読みたくなる。初めて読んだのは小学生の時で、その独特な宗教的世界観に衝撃を覚えたのを今でも忘れない。以来夏が来ると、『銀河鉄道の夜』の頁を繰らないと気が済まなくなってしまった。
何というかつまり、日本人にとって原爆忌や終戦祈念日が夏の区切りのモメントであるように、ぼくにとって『銀河鉄道の夜』は、夏の通過儀礼の一つなのだ。それを通り越すことによって、少しずつ少しずつぼくは成長しているのだと思う。すっかり大人になった今でも。
『銀河鉄道の夜』は、貧しい主人公ジョバンニが、「銀河のお祭り」の晩に夢の中で銀河鉄道に乗って、親友カムパネルラと共に宇宙を旅する物語。
ジョバンニのお父さんは北の海に漁に出かけていて今は不在だ。消息さえわからない。お母さんは病気で寝込んでいる。だからジョバンニは学校に通いながら、活版所で働かなければならない。父親のせいでジョバンニは、ザネリという友達たちにからかわれてばかりいる。心優しいカムパネルラは、いつも気の毒そうにそれを見ている。
祭の夜もジョバンニは仕事や母親の面倒を見なければならず、友人たちとは別行動をしていた。ただその日、家に届け忘れられた牛乳を取りに行くついでに、ほんの少しばかり祭を見に行くことにしたジョバンニ。その途中でまたもや友達にからかわれたジョバンニは、一人丘の上で寝そべっている。するとどこからか汽車の音が聞こえてきて、ジョバンニはいつのまにかその列車に乗り込んでいたのだ。
なぜか一緒に乗車していたカムパネルラとジョバンニは、不思議な銀河の旅を体験する。灯台看守や鳥捕りと呼ばれる奇妙な人々、そしてタイタニック号に乗っていて溺れてしまった青年と姉弟との出会いと別れ。星、花、動物、鉱物、化石、りんごなどの、森羅万象のイメージが次から次へと流れていき、どれもが透明な色彩を放っている。白鳥座の十字架からサザンクロスの十字架まで、天気輪の柱、銀河ステーション、プリオシン海岸、蠍の火、電気栗鼠などの謎めいた言葉に満ちた宇宙を彼らは旅する。
旅をしながら執拗に、「ほんたうのさいわい」を探し求めるジョバンニ。傍らにいるカムパネルラは青白い顔をしながら、そんなジョバンニの気持ちを理解してくれている。永遠に二人で「さいわい」を求める旅をし続けようと願うジョバンニの下から、ついにカムパネルラも姿を消してしまう。
目が覚めるとジョバンニは、さっきの丘にいた。空の星の動きから、あまり時間が経っていないことを知る。急いで牛乳を取りに出かけ、それから川べりに着いたジョバンニは、カムパネルラが溺れたザネリを救ったために自らの命を犠牲にしてしまったことを聞かされる。息子の死を悟ったカムパネルラの父親である博士はジョバンニに、今日か明日にでもジョバンニの父親が帰ってくることを教えてくれる。その知らせをお母さんに伝えるために、一目散に河原を街の方へ駆けだすジョバンニだった。
宮澤賢治は、明治29年岩手県花巻市で、質屋兼古着商を営む裕福な家庭の長男として生まれた。当時、冷害や飢饉がこの地を襲い、そんな農民から利益を得る家業を賢治は嫌っていた。
童話作家、詩人としての顔だけでなく、化学や物理、気象、天文から鉱物、生物まで幅広く豊かな知識を持った科学者、信仰者、そして音楽家であった賢治。その時代を超越した感性の素晴らしさは、残されたすべての作品から読み取ることが出来る。人間離れした宇宙的発想は、言葉の上でこそ一番に表現されているけれども、同時に彼は実践の人でもあった。
一人の農民として、冷害や日照りに悩む岩手(イーハトーボ)の農業のために、心底懸命に尽くした賢治。しかし悲しいことに彼の体は弱かったのだ。賢治は志し半ばで病に罹り病床に伏せることになる。一足先に逝ってしまった妹トシもまた体が弱かった。そんな最愛の妹トシは、賢治のたった一人の良き理解者であったのだ。賢治の先見性や宇宙観をただ一人理解してくれた妹の死。その臨終を詠んだ詩「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」は、賢治の叫び声が聞こえてくるほどに痛ましいものだ。
東京の女子大に通いながら学問や生活に苦悩していた妹を、無数の手紙で励まし続けた賢治。肺の病に倒れて帰郷してきた妹を全力で看病し続けた賢治。その妹の死が賢治にもたらせた失望と悲しみは想像を絶する。科学も宗教も理論じゃ何も役に立たない。妹一人救うことことが出来ない。理想に燃えていた自分を全否定するような無力さの前に賢治は、苦悶したのだ。
生きることとは何か? 死んだら人は何処に行くのか? 本当の幸せとは何だろうか? 悲しみに打ちのめされた賢治は妹の死後、遠くサハリン(樺太)まで旅をする。北へ北へ、そこに行けば何か見つけることが出来るかのように。
『銀河鉄道の夜』は晩年の賢治の集大成だ。そして何よりもこの作品は、「孤独さ」についての物語。孤独にぶつからない人間には未だ理解できない物語だ。
それは何度も何度も書き直され、『銀河鉄道の夜』という未完の傑作は、未完のまま賢治の死の床にあった。
Category : 文学 |
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