ギムレットにはまだ早すぎるね
先日、古い友達と偶然再会した。夕暮れの街路で、スーツ姿の彼は煙草を吸いながら坂道を下っていたのだ。一瞬目が合った気がした。だからぼくは「やあ」と軽く手を挙げたのだが、それに気づくでもなく彼は通り過ぎて行ってしまった。無視されたのだろうか?
先日、古い友達と偶然再会した。夕暮れの街路で、スーツ姿の彼は煙草を吸いながら坂道を下っていたのだ。一瞬目が合った気がした。だからぼくは「やあ」と軽く手を挙げたのだが、それに気づくでもなく彼は通り過ぎて行ってしまった。無視されたのだろうか?
ぼくは最後に彼と会った時のことを必死で思い出した。それは大学の卒業式の夜。クラスの仲間で飲みに行った流れで、特に仲の良かった連中だけが集い、新宿のバーに行ったのだ。ジャズが流れる老舗のバーだ。1960年代、地方からの出稼ぎ者と学生運動の荒れ狂った『新宿の時代』を見続けてきた由緒あるバー。多くのジャズミュージシャンと評論家がそこを通過し、多くの小説に登場した絵になるバー。
だけどこの原稿を書いている今はもうない。バブルの喧噪の中で、地上げ屋達のいいかもにされてしまったのだ。悲しいが、よくある話だ。ぼくらはビルの4階にあったバーのボックス席で最後の酒を飲んでいた。話の中身はさすがに思い出せない。ただ卒業していくということの感傷的な気分が皆の中にあって、どの話も結局の所は卒業してからの茫漠とした未来に結びついていたことを想い出す。
最後の夜にバーで飲み明かした友人の一人が、夕暮れの街路ですれ違ったMだ。Mとはよく二人で飲みに行った。彼とは音楽の趣味も小説の趣味も合った。特にその頃のぼくらはハードボイルド小説に首ったけで、お互いに次から次へとハードボイルドを読み漁り、この探偵はかっこいいだとか、このプロットは破綻しているだとかを熱く語ったものだった。僕らは共にレイモンド・チャンドラーの大ファンで、彼の小説の主人公フィリップ・マーロウが最高の探偵であることで一致していた。その思いはぼくの中で今も変わらない。あれから数々のハードボイルドを読んできたけど、フィリップ・マーロウを超える探偵には未だ巡り合っていない。
レイモンド・チャンドラーは、1888年米国中西部シカゴにて、アイルランド系の血をひく両親の間に生まれる。8歳の時に父親の酒乱が原因で両親が離婚し、母親と共に英国ロンドンの叔父のもとに引き取られた。このイギリスでの教育と生活が後の作風に大きく影響していると言われる。
彼の文体を特徴づけるリリシズムと社会に対する鋭い視点は、生粋の米国人ではとても表現できないものだ。20代半ばでアメリカに戻り、数々の職を転々とし、一時期は石油会社の重役にまで登りつめた。探偵小説を書き始めたのは45歳の頃。職場での不倫、過度の飲酒、無断欠勤、狂言自殺などが続き石油会社を解雇されてからのことだった。生活費を捻出するためにチャンドラーは小説を書こうと考えたのだ。
当時流行していたパルプマガジンの一つ『ブラック・マスク』誌の編集長に認められ、事実上の処女作『脅迫者は撃たない』を発表してからのチャンドラーは、寡作ではあるが、良質の長短編小説を書き上げていく。一時期は映画産業に強い関心を抱き、脚本家として集中していた時期もあったが、ハリウッドのビジネス優先の体質は彼を疲弊させただけだったと言われる。
ちなみにパルプマガジンとは、1920年代から戦前に隆盛を極めた粗悪な紙に印刷された安価な読み物雑誌のことである。大衆に娯楽文学を広め、また新人作家の登竜門として活躍の場を提供した功績は大きい。特に『ブラック・マスク』誌はダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーら多くの大作家を輩出し、ハードボイルド派の揺りかごとなった。
ハードボイルド小説は、いわゆる古典ミステリから派生した亜流の一つと言える。古典的ミステリから、謎解きの要素を少々削り、その分事件そのものと同程度、あるいはそれ以上に登場人物や背景を描くことに力を入れ、リアリティとドラマトゥルギーを追求しているのが特徴である。中でもチャンドラー描くフィリップ・マーロウの頑迷なまでに己の信条を貫き、痩せ我慢を押し通す誇り高い生き方は、多くの男性諸氏の共感を呼ぶのだ。「しっかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかったら、生きている資格がない」という科白はあまりにも有名なので、聞いたことがないものはいないだろう。特に『さらば愛しき女よ』『かわいい女』『長いお別れ』『プレイバック』などの作品には決め科白が詰まっていて、美しく感傷的なその文体をさらに輝かせている。
さて、夕暮れの街路で出くわした友人Mには無視される理由が思い浮かばなかったので、ぼくは急いで坂道を下る彼を追いかけた。突然腕を掴まえられたMは、一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにぼくに気づいて微笑みを返してくれた。しばらく路上で立ち話をしていたのだが、「ここじゃなんだから飲みにでも行かないか?」とMはぼくを誘った。「だけどギムレットにはまだ早すぎるね」とマーロウの科白をぼくが言うと、「ちょうどボーナスが出たんだ。マディスンの肖像ほどではないけど」と『長いお別れ』の一節を返してくれた。出来すぎた話だが、本当に彼はそうやって返してくれたのだ。昔のままだ。
ぼくらは、近頃ぼくがよく行くバーに向かった。バーというのは男同士で行くほうがいい。でなければ一人で行くべきだ。ぼくらはカウンターの止まり木に腰掛け、ギムレットではなく、バーボンを傾けた。その店のカウンターには黒猫が座布団の上にいつも座っている。
ちなみにチャンドラーも猫が好きで、タキという黒いペルシャ猫を可愛がっていた。
Category : 文学 |
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