春にして君を想う。
忘れもしない、高校2年の春。まだ授業が始まる前の4月の初頭。日差しが柔らかかったその日。午前中で学校の行事が終わり、まっすぐ家に着くと、「笑っていいとも」の番組の途中で、岡田有紀子の飛び降り自殺のニュースを知った。
「いいとも」は結局途中で打ち切られ、番組は現場の映像へと完全に切り替わった。四谷の歩道には白いおからだか卯の花だかのような物体が幾つも散乱していて、後から思えばそれは彼女の脳漿だったのだろう。その後のテレビ報道では一切映し出されることがなかったから。
特別に岡田有紀子のことは好きでもなかったけれども、絶頂期にいたアイドルが ----それもクラスの仲間の一部に熱烈な支持を受けていたアイドルが---- 自殺してしまった衝撃は、凄まじくぼくの心をキックした。
その頃、なぜかぼくの周りでは死んでいく者が多かった。友人の一人は、バイクの事故で死んだ。ぼくの通っていた高校ではバイクの免許を取ることは禁止されていたのだけれど、例によってその年代の男子にとってバイクとは、反抗とスピードの象徴であり、誰かに禁止されたからといって、「ハイハイ」と同意できるような簡単なものではなかった。Aという名のその友人は、ほとんど学校に来ることがなかったのだけど、話せば気のいい奴で、二人で学校をさぼって映画を観にいったことを今でも憶えている。
Aは真夜中のカーブを曲がりきれずに、電柱にぶつかって死んだ。彼の愛車の赤いSR400は、主人ともども、ぐちゃぐちゃになってしまった。
また友人の一人は、高校の屋上から飛び降りて死んだ。動機は今でもわからない。直前までそんなそぶりは見せなかったし、遺書らしきものも残さなかった。あまり口数のない奴で、笑っているのだか、怒っているのだか、いつも表情の区別がつかなかったのが特徴だった。死後になって彼の父親が、学校に電動式の空気入れを寄贈してくれた。なぜだか彼よりも、その自転車用の空気入れのことが今でも頭を離れない。
それから別の友人の一人は、長年患っていた腎臓の病気で死んでしまった。彼は小学校からの友達で、20歳まで生きる可能性は50パーセントと言われていた。だけどそれよりも早く、死が訪れるとぼくは思ってもいなかった。彼に対しては、きっと沢山の何かが出来たような気がして悔やまれる。
とにかく死というものが、若くて、向こう見ずで、希望と可能性に満ちていた若者を次々と襲っていったのだ。それはぼくにとっても他人事ではなかった。死んでしまった友人たちを見てきた後には、未来へと広がる風景は、ずっと違ったものになってしまった。だけどもその頃のぼくにとってもっと切実だったのは、自分自身の人生をとにかく生ききるということだった。
そうだ、高校時代最も仲の良かった友人Tの話を忘れていた。彼は知的でいて情報通で、芸術的な造詣に富んだ楽しい奴だった。お互いに佐野元春と村上春樹のファンだということをきっかけに仲が良くなったのだ。いつも彼は小難しい本を読んでいたことが懐かしい。ぼくはよく昼休みになると、図書室のベランダで煙草を吸いながら、『ピーナッツ(スヌーピー)』の英語版を書架から引っ張りだして読んでいた。彼はプルーストだとかニーチェだとか高野悦子だとか小林秀雄なんかを傍らで読んでいたものだ。だけどTは、一度もぼくにそういったものを読んでみろよとは言わなかった。ぼくの方はおせっかいにも、宮澤賢治や武者小路実篤なんかを薦めては彼を困らせたというのに。
ある時彼は、共産主義のセクトに入った。その年齢で社会に転がる欺瞞や悪意に真剣に目を向ければ、左翼活動のスローガンに惹かれたりするのは当たり前のことなのかもしれない。Aがバイクにのめりこんだように。
Tは友人であるぼくにだけ秘密をそっと打ち明けてくれた。「いいか、社会科に何某って教師がいるだろ? あいつは俺と同じセクトなんだ。それでいつも授業の時、白い軍手をしてチョークを持っているんだけど、集会がある日は赤い軍手をするんだ。それがクラスにいるあいつの分身たちへの合図なんだよ。面白い話だろ?」
ふーん、とぼくは思った。そういうスパイの暗号みたいなことが、自分の知らないうちに行われていることに、ぼくは少々戸惑った。
高校を卒業してTは、愛知にある福祉系の大学に進学した。そこでも左翼活動を続けていた彼から何回か手紙が送られてきた。その中の一通にこんな言葉が書きこまれていた。「人生というのはダイスのようなものです。振られてしまった駒はもう元には戻せないのです。高校時代、君と過ごした季節に、ぼくは自分がこんな人生を送るとは夢にも思いませんでした」
それはTから来た最後の手紙の一文だ。その後ぱったりと彼とは音信不通になってしまった。噂では彼もまた、内ゲバだかのごたごたに巻き込まれて死んでしまったという。Tの家族にも、本当のところはわからない話だ。
春になり、桜が咲くとぼくは、そんな死んでいった友人たちのことを想う。
Category : 想い出 |
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