宮崎アニメは、ジャパニメーションではない!
宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』が、第52回ベルリン国際映画祭において、最高賞である金熊賞を受賞した。
世界3大映画祭であるベルリン映画祭において日本作品が金熊賞を獲るのは、1963年の今井正監督『武士道残酷物語』以来、実に39年ぶり2作目。アニメーション映画が、世界3大映画祭の一般コンペティションでグランプリを獲得したのは初めてのことだ。インドの女性監督ミラ・ナイール審査委員長は、「パワーがあり洗練されたファンタジー」と評し、「少女の小さな世界が大きな普遍性を持って胸を打った」と褒めあげた。
長い間、映画業界の中でアニメーション映画は、実写に比べて一段も二段も低く見られていた。だから今度の受賞が、アニメーション映画の正当な評価のきっかけになれればとても良い。宮崎駿監督は、記者会見の席でこう述べた。「アニメを映画として扱ってくれた映画祭の決断に感謝します。日本的な映画と思って作ったつもりでしたが、ヨーロッパの人は面白がってくれたのでしょう」
確かにヨーロッパの映画祭だからこその受賞だった。暴力とセックスと政治的圧力に満ちたアメリカの映画祭では絶対に、アニメが受賞することなど出来なかったはずだ。仮に『千と千尋』がきっかけで、長編アニメーションが今後アカデミー賞でまともに評価されるとしても、それはディズニー映画的な予定調和の物語であって、宮崎作品のように深みのある作品でないことは断言できる。ソルトレーク・オリンピックの一連の不祥事で明らかなように、アメリカという国は映画やスポーツを、コマーシャルと政治の道具にしか考えていないのだ。
『千と千尋の神隠し』は、十歳の少女、千尋(ちひろ)が転校先で不思議な町に迷い込み、風呂屋で働かされながらも、たくましく成長してゆく物語。そこに出てくる風変わりなお化けや神々、極彩色で装飾過多な建物、スピーディーで美しい映像、『不思議の国のアリス』的な不条理な状況、そしてデジタル処理のダイナミックなカメラワークとリアルな質感が、観る者すべての心に涙と笑いのジェットコースターを味わわせてくれる。
ドイツの高級紙フランクフルター・アルゲマイネ紙は長文の評を掲載し、『千と千尋』を称えた。「広重をチーフアニメーターにしたかのような絵柄で、手描きアニメの最高峰であるディズニーの『ピノキオ』にかつてないほど迫った」と日本人からみると疑問符を抱かせる前置きをしながら、「ミヒャエル・エンデ、ルイス・キャロル、モーリス・センダック、アーシュラ・K・ルグィンの作品からエキスを取り出し、ファンタジーの花火にして打ち上げた。公開と同時に古典の地位を獲得するだろう」と絶賛した。少しばかり褒めすぎの感があるが、いずれにせよ極めて日本的なテーマを扱った作品がきちんと評価せれたことは喜ばしいことだ。
しかしながら宮崎氏自身は、アニメの過大評価に対して極めて否定的だ。東京・小金井の「スタジオ・ジブリ」のアトリエで、トロフィーを前に監督は、アニメの強い危機感を語った。「僕自身は、日本のアニメはどん詰まりに来ていると思う」。そう述べた宮崎氏は、質問が受賞の意義に及ぶと、「日本のアニメ界に特別、意義があるとは考えたりしない」ときっぱり言う。「日本のアニメは暴力的だったり、いやらしかったり、必ずしもいい作品ばかりが出ているわけではない。それに実写映画とアニメを分ける考え方も好きではない。今回のことは、日本のアニメが評価されたというより、個々の作品として認められたのだと思ってほしい」と冷静に答えた。もともとネガティブな発言をする人物であるから、彼の発言をそのまま受け止めるのはどうかとも思うが、今回の受賞によって「ジャパニメーション」が世界を席巻したとは間違っても思わない方がいいだろう。
そもそもジャパニメーションという言葉は、今から四半世紀ほど前に、アメリカで日本製アニメが放映された頃作られた言葉だ。それはディズニー・アニメーションという財産にくらべて劣ったものとしての日本アニメを揶揄したものだった。だからこの言葉の響きを嫌ったアメリカのアニメ/マンガファンは、92年から93年にかけて「アニメと呼ぼう」というキャンペーンを行い、アニメという言葉の普及に努めた。
事実アメリカのレンタル・セルビデオ店での分類は、ディズニー関係は「アニメーション」、トムとジェリーなどは「カトゥーン」、日本製アニメーションを「アニメ」としている。つまり「ジャパニメーション」という呼び方は、日本人によるオタク文化の高まりを市場として確立し、その人気を言説として主張していこうという批評家連中によるメディア操作に過ぎないのだ。
一見国際的な標語のように思われる「ジャパニメーション」は、海外進出を意識した徹底してドメスティックなキャッチフレーズであり、日本のアニメを優秀だと思おうとする日本人のナルシスティックな言説装置なのだ。
宮崎監督とタッグを組む鈴木敏夫プロデューサーもこの「ジャパニメーション」という言葉について、「実はセックスと暴力の代名詞であることを日本人は知らない」と指摘する。
ハリウッド映画の品のなさを、日本のアニメが踏襲していることに日本人が気づかなければ、本当の意味で日本のアニメが世界に評価され、良質の作品を継続的に創り出していくことは困難だろう。ともかく『千と千尋の神隠し』がベルリンで認められたのは良かった。
それは、多くの日本製アニメと一線を画す出来栄えだったのだから。
Category : アニメーション |
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