グローバリズム、航行不能?
もはや、日夜進行するグローバリズム、あるいはグローバリゼーションの荒波を被らないで生きることは困難になってしまった。本気でそれを望むとしても、世界はそれを許さないであろう。
こんな逸話がある。ある人類学者が、中央アフリカのとある村落にフィールドワーク調査で訪れた。伝統的な生活様式が保たれているとの予測は大いに裏切られ、待ち受けていたのは当時彼女の住むロンドンでもまだ封切られていなかった新作映画のビデオ鑑賞だったのだ。
これは笑い話ではなく、現実に起こっていることなのだ。このようにグローバリゼーションは、世界的な規模の変革、すなわち私たちの日常生活全般に多大な影響を及ぼす圧倒的な波なのだ。
それは国際金融経済や多国籍企業が引き起こす問題だけではなく、セクシャリティ(性的表現)、結婚、家族などの諸問題とも密接に結びついている。世界のほとんどの地域において、グローバリゼーションは、伝統的な生き様と文化を揺るがす圧力と緊張を醸成しつつある。伝統的な家族は危機に晒され、変容を遂げつつあるのだ。
ほかにも宗教と関わる伝統の数々が、一大転換を迫られている。世界宗教であるキリスト教、およびイスラム教ファンダメンタリズム(原理主義)は、朽ち果てつつある伝統を背負いながら消滅する日を待ちわびているかに見える。地球環境問題については、今更言うまでもないほど、世界中が加速度的に破壊されつつある。このようなグローバリゼーションの流れは、反グローバリゼーションとナショナリズムの左右両極から攻撃の対象とされているのが現状だ。
2001年7月のジェノバ・サミットでの反グローバル派の激しい抗議活動は記憶に新しい。デモ参加者の1人が治安当局によって射殺される事態となったからだ。世銀・IMFなどに対する大規模な抗議行動は、1999年秋にシアトルの世界貿易機関(WTO)閣僚会議がデモに包囲されるなど、恒常的かつ過激化している。
ではなぜ活動家たちは、サミットや国際会議を狙うのだろうか。一つには世銀・IMFなどの国際組織、WTOなどの国際会議は、人々の生活に大きく影響を与える決定機関であるにも関わらず、一部の知識人・官僚・政治家などに牛耳られ、意志決定過程が民主化されていないからだ。もう一つは、新聞・テレビなどのメディアが、あまりにもグローバリゼーションの勢いに対して肯定的であるからだ。
反グローバリズム活動の担い手である環境・開発などのNGO、原発・遺伝子組み換え食品への反対運動、学生、労組、農業団体などの活動をテレビなどが、ほとんど伝えることのないことへのいらだちが、世界中のメディアが集まる場所を利用して自らの主張を大胆に訴える手段を取らせたのだ。
シアトルでの抗議行動で「反グローバルの英雄」とされたジョゼ・ボベは、マクドナルド店舗の建設を妨害し、逮捕された。フランスの「普通の農民」と称する彼は、小農民の利益を守る手作り農法による「食料主権」を唱えて、大企業による遺伝子組み換え作物などに反対したのだ。彼は裁判でこう述べた。「アグリビジネス、大食品企業の生産物は有害なので、その施設を破壊することは法律に反するかもしれないが、人間としては正当な行動である」。
ジョゼ・ボベの意見が、しごく真っ当に聞こえるのは私だけだろうか。ユニクロ、マクドナルド、NTTなどの独占的一人勝ちが及ぼす影響は簡単に想像できる。それらを買ったり使ったりすればするほど、他の沢山の企業や商店を倒産に追い込むことは、よくわかっている。特に農業生産物に関しては、日本という国が異常なほど食糧自給率が低いことを鑑みても、グローバリゼーションの流れに任せていることが、どれだけ自らの首を絞めるか、我々全員が捉え直さなければならない問題であることは明白だろう。
中沢新一氏の最近の論考『圧倒的な非対称-テロと狂牛病について』は、この辺のことを的確に示唆している。論考の趣旨は、今日の「富んだ世界」と「貧困な世界」の圧倒的に非対称な関係を指摘したものだ。
中沢氏は、狂牛病は人間が牛に共食い(肉骨粉の供与)を強いたことに起因すると説いたレヴィ=ストロースの『狂牛病の教訓』に言及しながら、「狂牛病とテロは今日の文明の同じ病根から生じた、類似した構造を持つ病理である」と論じ、「世界を覆う圧倒的な非対称を内側から解体していく知恵が生まれるのだろうか」と問題を投げかけている。
つまり我々はグローバリゼーションの奔流の中で生き残るために、人、物、情報、生活様式などすべてのものごとにおいて、合理的で均質的、かつ最大限に利潤を上げることだけを目標とする「圧倒的な非対称イデア」を選択してしまっているのだ。
果たして我々は、何処へ向かっているのだろうか。グローバリゼーションという魔物に操られ、モグラ叩きのように反対するものを叩き、手間のかかる生産方法を隅の方に押しやる生き方を続ける限り、いつかとてつもない大きな力に反逆される気がしてならない。
それは、草食動物である牛をただの商品としてしか捉えないことを起因として狂牛病が生み出されたように、アメリカ型のグローバリズムを世界中に押しつけることによってイスラム原理主義の暴力的台頭が生み出されたように、近い将来ブーメランのように確実に我々を捉えるだろう。
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