さようならWTC
2001年9月11日に起きた出来事は、間違いなく世界史の重要な位置を占めることになるだろう。世界貿易センタービル(以降WTCと表記する)へのテロと、その後続くアメリカ対オサマ・ビンラーディンの戦いは、今世紀の政治史が残してきた積み荷が爆発したものであることは疑いない。
アメリカ政府およびイギリス・フランス政府はイスラエル・パレスチナ問題の生みの親だけに、今回の事件に対しては頑なまでに力による制裁を企てているが、全世界のメディアまでこぞってアメリカ寄りの思想に追随するのはいかがなものだろうか。
もちろん無関係な市民がテロの巻きぞいにされることは許されることではないが、テロを生み出すものが何なのかを見極めることなしに、無批判にアメリカ軍による空爆を支援することは、長い目で見れば自分たちの首を絞めることになるような気がしてならない。WTCへジャンボ機が撃墜する映像があまりにも繰り返されたために我々は、ある日突然思い立ったテロリストが善良な市民を攻撃したという印象を強く植え付けられてしまったのかもしれない。
しかし、イスラエルとは何か? パレスチナとは何か? イスラム原理主義とは何か? アメリカ型グローバリズムとは何か?という問いを持つことなしに、そしてそれらの成立と正体を知ることなしに、テレビや新聞の表面的な記事に踊らされるのだけは勘弁して欲しいものだ。
かつて一度だけWTCに登ったことがあるが、超高速で移動するエレベーターによって運ばれた屋上から見る景色は、お世辞にも美しいものとは言えなかった。もちろん自分が高所恐怖症であることがその要因の大部分を占めることは百も承知ではあるが、あの無機質でのっぺりとしたツインタワーは、人の心を惹きつけない何かを潜在的に背負っているのだと思う。同じ高層ビルでも、エンパイアステートビルの方はなんだか人間味があったような気がする。
WTCを設計したのは、日系二世の建築家であるミノル・ヤマサキである。かつて彼の設計したセントルイスのプルーイット・アイゴー団地が、1972年にゴーストタウン化したことによって爆破・撤去された事実はなんという皮肉なことだろう。建築当時は近代合理主義の良き手本として評価されながら、結局はモダン建築に共通の無味乾燥さが、居住者に敬遠されてしまったのだ。
そして2001年には、フランス革命に匹敵するくらいの圧倒的なインパクトをもって、WTCは破壊され尽くしてしまった。近代合理主義の最大の砦があっけなく崩落してしまったのだ。見慣れたダイナマイトによるビル破壊のように、綺麗に、あまりに綺麗に崩壊してしまった。近代合理主義建築のあとに現れたポストモダンをいち早く定義したチャールズ・ジェンクスは、プルーイット・アイゴー団地の破壊を、近代合理主義の「死」と指摘したが、WTCの破壊は何の「死」を意味するのだろうか?
それはアメリカの「死」だと私は思う。アメリカが蒔いた沢山の種が芽を出し、育っていったものの死だ。それは重力に逆らい天蓋を目指した高層ビルの死であり、それを支える近代資本主義の死であり、中東問題を構造的に再生産する武器商人の死であり、核廃絶や環境問題に冷淡な者の死である。
オサマ・ビンラーディンはこう言う。「我々の敵はアメリカ人の男だ。武器を持った者だろうと、納税するだけだろうとそれは問わない」と。もちろん彼はテロリストであり、テロリストの言葉をそのままうのみにする程馬鹿なことはないが、彼が執拗なまでにアメリカを憎む気持ちは、多くのムスリム達に共有されたものだろう。だとしたら、WTCの倒壊からアメリカ的価値観への〈異議申し立て〉を読みとることは、それなりの必然であると言える。
「長く続いた経済的好況やアメリカによる世界政治の安易な支配のために、アメリカ国民は、自己陶酔的な行為に溺れるようになった」と述べるのは、政治学者のフランシス・フクヤマだ。これがアメリカ国内からの発言であることに一縷の望みが隠されている。
ようやくアメリカは気づく時が来たのだ。アメリカ本国が絶対安全であることを前提とした経済支配や軍事介入の限界について。核や環境問題の深刻さについて。
今回の事件で、撃墜されたビルの中に閉じこめられた人々を守ったのは、ニュー・エコノミーではなく、ブルーカラーである消防士や警察官だった。自らの命を犠牲にして他者を守る殉教精神は、まだ生きていた。自由を愛し、寛容で、多様な文化を包含するアメリカが、いつか皆彼らのように思慮深くなれるとしたら、それは真の意味で世界が一つになるチャンスだ。
WTCの前の広場に寝そべって、空を見上げてみたことがある。なんとなくそんなことがしたかったのだ。アスファルトに横たわり、400メートルを超す巨大な建物を見上げると、WTCは果てしなく続く空への飛び込み台みたいに見えたのを憶えている。だけど、あの飛び込み台はもうこの世に存在しない。WTCの地下にあったおいしいラーメン屋ももはや存在しない。親友と語り合ったカフェもなくなってしまった。あるのは廃墟だけ。
そう、あるのは近代建築と世界経済の象徴だったものの残骸だけだ。そしてそこから、何が生まれ変わるというのだろう。
Category : 事件 |
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