アラーキーの世界、そのイノセントな悲しみ
天才アラーキーこと荒木経惟の名前を知ったのはいつのことだっただろう?
たぶんそれは中学生の時、近くの本屋で万引きをした『写真時代』という雑誌の中でのことだった。遠い記憶を辿ると『写真時代』は、あまり良くない紙質に猥雑な写真を並べ立てた、ただのエロ本だった。少なくとも中学生の私はそう思っていた。ただアラーキーの写真だけが、好むと好まざるとにかかわらず子供心の奥深い場所を激しく揺さぶってしまったことは確かだ。
今でこそヘアヌードは事実的に解禁されているが、当時はどのヌード写真にも酷く奇妙な修正が施されていて、それは絶対的に写真の価値を低めていた。同時にお世辞にも綺麗といえないモデルたちばかりだったので、古いヌード写真にはトラウマ的な想い出ばかりだけれども、アラーキーの一連の写真だけは、猥雑さの狭間に置かれた単なるヌードが、芸術に昇華されている気がしていたのを憶えている。
荒木経惟。1940年、東京都下谷区(現台東区)三ノ輪生まれ。写真家。東大文学部を目指すも断念、写真家を志し、千葉大工学部写真印刷工学科に進学。しかしながら授業が技術系の写真化学中心だったために、ほとんど授業に出席せず、国立近代美術館フィルム・センターに通う日々だった。そこで観たイタリア・ネオレアリズモ映画『無防備都市』、『自転車泥棒』等に影響を受ける。女優やプロではなく素人、何より子どもたちの生き生きとした表現に心躍らされたアラーキーは、荒川区三河島の古い団地アパートで、ある子どもたちと運命的な出会いをする。それが第一回太陽賞を受賞した『さっちん』のさっちんたちだった。
アラーキーは、約1年かけてこの団地に通い、さっちんたちを撮り続ける。情が移りあう関係の中で撮られた作品は、さっちんをはじめとした子どもたちが無邪気に動き回り、はしゃぐ姿を実によく捉えている。パチンコをカメラに向けた二人の子ども。鼻の穴に指を入れておどけるさっちん。そしてゴム段の少女たち...。そのどれもが、かつて当たりまえに見られた子どもたちの放課後の姿だ。テレビゲームも塾も児童虐待も無縁だった時代の子どもたち。ロベール・ドアノーやブレッソンが撮影した、パリの下町の子ども写真にも通ずる舗道の埃の匂いが充満した世界。子どもたちの瞳には光が溢れ、野放しの動物のような〈少年の野生〉がフレームいっぱいに映し込まれている。たとえばそれは、近年ホンマタカシが『TOKYO SUBURBIA』で追い続けた、身体から悲鳴のようなノイズが滲み出す子ども写真とは、対局にあるものだ。
アラーキーは、さっちんについてこう語る。「またこのさっちんてのがカラ元気で、何か自分の分身を撮ってるような感じもあったね」。結果的にこの言葉は、アラーキーの写真の本質が、的確に表現されている気がする。ヌードを撮ろうが、下町や銀座を撮ろうが、猫や空や花を撮ろうが、アラーキーの写真には必ず、悲しみに似た何かが写し込まれている。
それはこの写真家のもつ〈業〉、つまり純粋な気持ちが裏切られるのを恐れるあまり、自ら進んでカラ元気な道化を演じてしまう者の持つ悲しみ、とでも言えば良いのだろうか。「やっぱり子どもの写真は、子ども心、純真な気持ちを失っているやつには写らないね。子どもに見抜かれちゃうんじゃないの。世の中とか子どもに対しての打算とかをさ。根本は愛ですよ」
写真家アラーキーは、言葉の人でもある。常にその時その時の写真に対して、テーマというか駄洒落で造語をつくり出し、人々を煙に巻く彼はまた、駄洒落の持つダブルミーニングが、言葉の重層性のみならず、写真の重層性を指し示すことを熟知しているのだ。だからアラーキーは、フレーミングやコンポジションなどといった、その辺の写真学校の講師みたいな野暮なことは言わない。大切なのは、何が写されているかなのだから。
なにしろ彼は、大学卒業後、電通社員として広告写真を9年間も撮り続けた男なのだ。マーケティングと計算にまみれた広告業界を生きてきた男なのだ。写真の技術も理論も見せ方もすべて熟知しているのだ。でももちろんそんな世界は、彼の望むものではなかった。電通退社後、彼はまるでピカソみたいに、それまでのテクニックをぶち壊しながら自らの世界を開拓していったのだ。
個展やグループ展を積極的に開き、ストリッパー浅草駒太夫を約1年間撮影のために追いかけ、ワークショップや私塾を開催してきた彼は、情念に彩られた独自の世界を携え、徐々に世間にその名を広めて現在に至る。著書の数は約200冊。海外での評価も高く、ウィーン、フィレンツェなどでの大規模な個展ではセンセーションを巻き起こした。
ここまで書いてもまだアラーキーを、「でもどうせ、丸い眼鏡をかけてピカチュウみたいな頭をした、風変わりなヌード写真のおっさんだろ?」としかお思いでない貴兄には、どうか一度でいいから、写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』(新潮社、1991)を手にして欲しい。
ガン宣告を受けた愛妻の闘病から葬儀に至るまでの悲しみを、自身を取り巻く生活を撮ることで伝えようとする、それら写真の切実さ、苦しみ、痛みのどれもが、あなたのアラーキー観を180度変えてしまうことは間違いない。
アラーキーは、とてつもなくイノセントだ。そのイノセントが棺桶の中の妻の写真を撮らせ、また女優たちを次から次へと脱がしてしまうのだろう。イノセント、あるいは誠実であるからこそ、見えるもの。写しだせるもの。「若いやつなんて、半歩下がって風景ばっか撮ってるでしょう。『これで君、快楽ある?』って聞きたいよ。『写真は快楽だろう』って」
実にその通り。ニューヨークのテロルを観て感じたのは、人生はやってきて去ってしまうという事実。だから我々もそろそろ、かっこばっかりつけてないで、今しか出来ないことや本当に撮りたい写真を撮ったらいいじゃん、と思う。
Category : 写真 |
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