カフェのある風景 2
カフェ・ブームだ。
本当に沢山のカフェがあちこちの街に誕生している。そして新しいカフェのほとんどは、小洒落ていて、料理もお茶もおいしく、とても気が効いていると思う。そこにはひと昔前の「喫茶店」といった雰囲気はもはやなく、だから頑固なマスターもいなければ、炭火自家焙煎を売り物にする珈琲もない。
当たり前だが、ナポリタンもモーニング・サービスのトーストもない。代わりにあるのはスタッフが自ら塗った漆喰の白い壁や、ギャルソン風の短いエプロンや、アジアン・テイストの食器棚や、お揃いのTシャツや、ラウンジ・ミュージックや、ミントの浮かんだ水や、DJブースや、建築やファッションを扱った海外の雑誌や、パティシエの作るスウィーツたち・・・。
つまりカフェは、若者トレンドの総体的な存在となっているのだ。それは時代の気分と非常に重なる現象だろう。バブリーで下品な80年代が不況とともに吹き飛ばしてしまった価値観、[住むなら港区・車はBMW・時計はロレックス]といった紋切り型の幸せが姿を消し、何処か可愛らしく手に届く自由がもてはやされる今の気持ちに、手作り感覚のカフェはぴったりなのだ。
例えば高価で敷居の高いフレンチ・レストランは見向きもされず、村上春樹言うところの「小確幸」《小さくて確かな幸せ》が感じられるカフェにこそ、人々の関心が寄せられているのは、当然のことなのではないだろうか。
そんなカフェ・ブームを支えている影の主役が、椅子にあるのを忘れてはいけない。カフェ・ブームと軌を一にするように、世間では密かに、そして着実に椅子ブームが拡がりつつある。いろいろな雑誌が椅子特集を組み、それにツラレルように椅子のコレクターが日々増殖しているのだ。
カフェと椅子の関係は切っても切れないもの。かつて王族や貴族のための階級的な家具だった椅子が、民衆のものとなった背景には産業革命がある。18世紀後半、ワットの蒸気機関が登場し、産業革命が起こり、労働力は手工業から機械工業へと移行した。その波は、椅子の世界へも影響を与え、大量生産かつ丈夫な椅子の生産が求められた。木の特性上、それまでは曲がらない素材とされ、熟練職人による装飾や削りこみの技術によって曲線のデザインを与えられていた木の椅子が、ドイツのミヒャエル・トーネットによって革命を起こす。
トーネットは、ヨーロッパに広く自生していた安価なブナを、高温で蒸し、鉄の型にはめ、くせをつけて曲げる方法を発明する。この「曲木技術」は、木の加工を容易にし、その容易さが量産を可能にし、椅子は廉価となった。本来曲がらないとされた木から、木の持つ味わいをいかし、優美な曲線美を引きだした「No.14」と名付けられたトーネット作のこの椅子を原点とするモダン・デザイン・チェアは、ウィーンのカフェを中心に世界へと広がった。今でもカフェ椅子と言えば、やはりこのデザイン。小振りな座に、ラウンドした背もたれがついた、このタイプの椅子に座ったことがないものは皆無だろう。
トーネットがモダン・チェアの産みの親だとしたら、チャールズとレイ・イームズは、モダン・チェアの育ての親と言えるのではないか。カフェおよび椅子ブームを支える求心的な概念は、「ミッドセンチュリー」あるいは「ミッドセンチュリー・モダン」と呼ばれる1940年代から60年代頃にかけて生みだされた一連のデザイン。
それはポップで、キュートで、クールで、キッチュな建築やら家具やら家電やら雑貨の総称だが、戦争の時代によって発明された数々の化学物質や技術を利用したこのミッドセンチュリーなデザインは、当然椅子の世界でも新たな革命を起こす。特にイームズ夫妻は、第二次大戦で発明されたプラスチックを使った椅子で成功する。
いわゆる「シェル・チェア」と呼ばれるスタイルの作品を作り上げたのだ。駅のプラットホームに置かれている青や黄色のプラスチック風のベンチを想像してもらえば、その姿が浮かび上がってくるだろう。今ではごく普通のスタイルに思えるこの椅子だが、イームズ作品は本家本元。湾曲した背もたれのタイプや、座面を大きく作ったタイプなどさまざまなヴァリエーションがあって、やはりそのどれもが心くすぐる形だ。
この他にも数えきれないくらいの名作チェアがある。チャールズ・レニー・マッキントッシュの「ヒルハウス」、ルードヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナ・チェア」、エーロ・サーリネンの「チューリップ・チェア」、マルセル・ブロイヤーの「ワシリー・チェア」、ル・コルビュジェの「LC2」、ヴェルナール・パントンの「パントン・チェア」、アントニ・ガウディの「カサ・カルヴェの椅子」、アルネ・ヤコブセンの「アンツ・チェア」、アルヴァ・アアルトの「パイミオ」など、写真で紹介できないのが非常に残念なくらいの素敵な椅子が、世界にはあまた溢れている。
今度の週末あたり、恋人や家族を誘ってそんな椅子のあるカフェにくりだしてみるのはいかがだろうか?
ボサノバやシネ・ジャズを聴きながら過ごす日曜日の午後。新しいシャツを着て、買い物のついでではなく、あくまでカフェをメインに据えて。
「ちょっと座ってみたい椅子があるんだけど」。こんな科白でも口にして、愛しい人を連れ出すのは悪くない。だって椅子は、美術館で眺めるものではなく、座って楽しむ実用品なのだから。
Category : カフェ |
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