フランドル、陰うつな哀しみ
もし仮に、「人生を変えた一冊の書物は?」という質問を誰かが投げかけてきたら、間違いなく私は村上春樹の『ノルウェイの森』を選ぶことになる。
1987年にその本が出版されたとき、当時付きあっていたガールフレンドが貸してくれた書物こそ、『ノルウェイの森』だったのだ。ガールフレンドは高校の同級生で、今から思えば不思議なくらい数多くの本を読んでいた女の子だった。『とりかえばや物語』、『源氏物語』など日本の古典は言うに及ばず、ラブクラフト、J・G・バラード、マルグリット・デュラス、アナイス・ニン・・・・・・。当時の私が名前を聞いたこともなかったような大人びた本を彼女はいつも読んでいた。それもいつだってさりげなく、当たり前のように。そんな彼女にしてみたら『ノルウェイの森』は、とりたてて特別な作品ではなかったかもしれない。もちろん「とてもおもしろかったよ」と言って貸してくれたのだから、気に入っていたのは間違いないだろう。だけど私の人生を決定的に揺るがし、十数年経った今でもまだ、心のベスト1となっているような作品だとは、その時ガールフレンドは露にも思わなかっただろう。
そんな『ノルウェイの森』だが、書き出しの数行を読むだけで、今でも私は村上春樹的世界の深い森と呼べるあの独特なタペストリーに迷いこむことになる。嫌いな人はとことん嫌いだが、好きな人は二度と抜け出せなくなるあの深い森の中へ。そう、その『ノルウェイの森』は、こんな風にして始まる。
僕は三十七歳で、その時ボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルク空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
二十歳の大学生である主人公の〈僕〉は、高校時代の同級生で、交通事故で死んでしまった親友〈キズキ〉の恋人〈直子〉と偶然に再開し、二人は心を重ね合わせてゆくのだが、〈直子〉の病が進行し、療養所の京都と大学のある東京と、離れ離れになりながら紡がれる切ないラヴ・ストーリー。端的に言ってしまえばそんな感じ。だけど上下巻527頁にもおよぶとても長い物語を、こんな簡単に説明するのは、所詮無理な話というものだ。ただ一つ言えることは、『ノルウェイの森』の舞台となる1969年から1970年という時代の持つ特別性が、なによりもこの物語を引き立てているということだ。
1969年という、学生運動の最後の攻防戦が吹き荒れ、ビートルズ、ジャニス・ジョプリン、ドアーズ、CCR、ムーディー・ブルースといった成熟期に向かっていたロックンロールたちが、青春の軌跡をこれでもかこれでもか、とお膳立てしていた時代の物語。ついでに言えば、熱病のように狂おしい69年という「サマー・オブ・ラブ」の季節を、液体窒素で超瞬間冷凍した物語。だから我々は頁をめくる度に、その時代の空気を嗅ぎ、ファッションを眺め、ピースフルな思想に立ち会い、奏でられる素敵な音楽に耳を傾けることが出来るのだ。公平に言って、こんな繊細に、こんなかっこよく、あの時代を描いた作品は他にないのではないか。
ところで前出の冒頭部分に戻るが、主人公の〈僕〉が降り立ったハンブルク空港を覆っていた「フランドル派の陰うつな絵の背景のよう」な色彩とは、いったいどんなものなのだろう?
フランドル(英語名フランダース)地方とは、ベルギー北東部のことで、その中心都市アントワープは、古くからヨーロッパの商業・金融の中心地として発展した場所である。芸術分野でもアントワープは16世紀から17世紀にかけて、ブリューゲル一族、ルーベンス、ヴァン・ダイクら多くの巨匠を生みだした。この輝かしい成果を総称してフランドル派と呼ぶが、中でも16世紀中期に活躍したピーテル・ブリューゲルを筆頭とするブリューゲル一族なくして、フランドル派は語れない。
農民の生活や祝祭を主に描いたブリューゲルは、グロテスクに誇張された人々を描くことを得意としていた。特に代表作『ネーデルラントの諺』に書き込まれた100近くにも及ぶ当時の諺と、それを体現する人々の姿は、哀しみや滑稽さ、それからユーモアが生き生きと描かれていて、何時間でもその絵を凝視していたいほどだ(実際私はこの絵の前で長いこと立ち尽くした)。
貴公子、領主、騎士、聖職者、商人、職人、漁師、農民といったあらゆる階級、職業、世代の84人(神と悪魔を含む)がぶざまな姿をさらす。その背後には村の広場、農家、作業場、麦畑、川、海という広大な自然までもが描き込まれている。まさにこの多様性の曼荼羅こそがフランドル派、とりわけブリューゲルの特徴であり、画面全体を常に覆う陰うつな色彩は、同時に決して冷たさを感じさせない暗い色調なのだ。
しかし『ノルウェイの森』の〈僕〉がその時見たのは、実際のフランドル絵画よりも、ずっとずっと冷たい風景だった。
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