MADORIX
まず紙と鉛筆を用意して欲しい。さて準備はできただろうか。
では質問してみよう。
「あなたが住みたい家の間取りはどんなですか? 自由に発想しなさい」
この問に対してあなたはどう答えただろう。実際に家を購入する時にはどうしても、現実的な制約から建売りのお決まりな間取りを受け入れ、あるいは自分で間取りを決めたとしても、極めてあたりまえなものに落ち着いてしまってはないだろうか。家を建てるときに、外観のデザインは重視するだろう。内外壁の材質や建築資材全般についても。それから部屋の数や大きさ、今なら老後のことも含めてバリアフリーだとかについても考慮するに違いない。しかし間取りについて、あなたはじっくりと考えたことがあるだろうか。
誰でも家族関係を維持する上で最も重要な要素が、間取りであることはうすうす気づいているに違いない。日々の生活の仕方も間取りによって規定されてくるし、配置する家具や家電製品の購入にあたっても間取りが与える影響ははかりしれないからだ。
ということは間取りは、近代を読み解く一つの大きなキーワードといえるのではないだろうか。現在の日本家屋の間取りの構造には、我々日本人の近代史が、陰喩として表現されていると考えられるだろう。例えば芸術的とされる建築群の多くは、家族がすまう住宅というものではなく、オフィス建築や公共施設などの抽象度の高い建築物だ。そこではル・コルビジュエやバウハウスなど、それら海外の革新的な理論がふんだんに活かせることができたからだ。しかしながら住宅においては、よほどの冒険心がないかぎり、目新しい意匠やデザインの構造を取り入れる者は少なかったのではないだろうか。
つまり我々の生活全般を規定するものが間取りであり、その間取りを破壊し、無茶苦茶な部屋の作りをしようものなら、そこにすまう者はそれに応じた生活スタイルというものを身に付けなければならなくなるのだ。それほどまでに間取りは我々の、日本の、あるいは日本人の無意識を体現しているのである。
そもそも江戸時代までは、武家や裕福な商人以外は、間取りを自由に選択するなどの概念は持ちあわせていなかった。その武家においても、間取りというのは身分を反映したものであったし、藩によっては身分に応じた間取りの規範というものを用意していた。国文学者の田中優子氏によれば、江戸時代には、火事で家が焼けても、まったく同じ間取りの家が再建されたという。人々にとって、間取りを新しくするなどという考えはまったく価値を持たなかったのだ。
明治時代になって始めて、我々は間取りを意識しはじめる。洋風な生活様式が持ち込まれることによって、日本の間取りはさまざまな変化を遂げてゆくのである。伝統的な和風住宅の風景の中に出現し始める洋風な暮らし。鹿鳴館や帝国ホテル、これらあからさまな洋風建築を持ちだすまでもなく、東京や横浜、あるいは神戸を中心に洋館が出現する。庶民レベルでは、生活の洋風化をいち早く提言した椅子による暮らし。和と洋が混在した和洋折衷な間取り。そういったものがしだいに拡がり始めることになる。
しかしまず、人々に取り入れられた変化は、「続き間」というものだった。もしかしたら聞きなれない言葉かもしれない。続き間とは、ふすまを取り払うと、座敷と次の間がひと続きになる間取りのことである。それは主に冠婚葬祭のために作られた間取りだった。家族は普段使用しなく、座敷は特別な部屋として接客などの際に使われた。座敷と次の間による続きの間は、明治から大正にかけて長く受け継がれていった。座敷は日当たりの良い南側に、家族の部屋である茶の間は北側に置かれるという接客中心のこの間取りは、やがて茶の間が南側に移ることになり、家族中心の生き方というものがこの国に根づいてゆくのである。それとともに封建的な思想そのものが、だんだんと消えていったことは興味深いことではないだろうか。
大正時代になると、玄関からのびる長い廊下が部屋と水回りを分離した「中廊下」が一般化する。日当たりの良い南側には、居間、座敷、寝室などの家族の部屋。北側には台所、浴室、便所などの水回り。中央の廊下を境に、部屋の機能をはっきり分けた中廊下型の住宅は、明治半ばに登場し、大正から昭和初期にかけて広く普及していった。
そして生活改善を目指した家族本位の間取りである「文化住宅」。関東大震災に誕生した、集合住宅の原点である「同潤会アパートメント」。戦前には「国民住宅」と呼ばれる、国家主導で計画された一般庶民の住宅の提案がなされた。朝鮮戦争をきっかけに焼け跡からのめざましい復興がはじまった1951年、台所と食事室を結びつけたダイニング・キッチン(DK)が考案される。これは日本の住宅の間取りを一変させることになった。住宅公団は2DK住宅を大量に供給し、その後の集合住宅の原形をつくっていくことになる。
居間、玄関、台所、ワークスペース、和室(畳の間)、寝室、食堂、書斎、廊下、子供部屋、車庫(ガレージ)、納戸、テラス(バルコニー)、風呂、トイレ、階段、アトリエ、ユーティリティ。これらのキーワードをもとに、もう一度同じ質問をしてみよう。
「あなたが住みたい家の間取りはどんなですか? 自由に発想しなさい」
Category : 建築 |
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