日の丸・君が代法、盗聴法、日米新ガイドライン関連法と、戦後この国がぎりぎり守り通してきた良心の表明が、小渕政権によって一気に切り崩された。従軍慰安婦はなかった、南京大虐殺はなかった、と詭弁を弄する「新しい歴史教科書をつくる会」。アジア太平洋戦争を称揚し、美化する小林よしのりの『戦争論』。三国人、支那といった兆発的な発言を繰り返し、かつて日本軍による統治・占領下にあった台湾を、その意味において未だに扱う石原慎太郎。戦後50年以上も経つ日本に沸き起こる、これらあからさまなナショナリズムを前に思うことは、いったいあの戦争について日本人は何を語り、何を語らなかったのか、ということだ。
ユダヤ系フランス人で、サルトルの高弟であるクロード・ランズマンが11年かけて撮影したホロコーストについての記憶映画『ショアー』には、我々の知らない戦争についての証言が何層にもなって語られている。9時間半にもおよぶとてつもない長さのその映画(実際の収容所での地獄はそんな短いものではなかった!)には、38人の証言者が出演する。奇蹟的に生き延びたユダヤ人。虐殺を指揮したり、統括していたドイツ人。収容所のそばで生活していたポーランド人。
『ショアー』は、監督ランズマンのインタビューによってそれら人々の現在における証言だけを採取する。時には隠し撮りをし、時には証言を拒む者を恫喝しながら。記録フィルムは一切使わず、効果的なナレーションもセンチメンタルな音楽も何もなく。ただひたすら証言者たちに、あの場所で何が行われ、何を目撃したかを追及する。
ちなみにショアーとは、ヘブライ語で「絶滅・災厄」を意味する。耳慣れているホロコーストという言葉には、生贄という言外が含まれてしまうので、ランズマンはそれさえも徹底的に排除したのだ。
なぜ、それほどまで執拗にランズマンは、『ショアー』を追い駆けたのか。それは今まで語られてきたホロコーストがあまりにも歴史家の問い、つまりどうしてナチス・ドイツはユダヤ人を大量に、しかも効率的に虐殺したのか、という問いから抜け出ていなかったからではないか。
ランズマンが求めたのは、ホロコーストが引き起こし たものはいったい何だったのか、というセラピストの問いの方だ。なぜなら犠牲者も加害者も傍観者もみな、今という時に生きているのだから。生き延びた人々だけが唯一、歴史の証人者なのだから。だれも証人の証人にはなれないのだ。
だからこそ、ホロコーストというトラウマ的体験が彼らのその後の人生に及ぼしていることを探求することは、我々の社会全体に横たわる困難に対する処方箋を発見できるというささやかな希望的観測と、その陰画として、理解することの不可能性という大いなる限界を浮かび上がらせることになるのだ。
しかし、物事はそれほど単純ではない。経験があまりにも大きすぎて、ほとんど何も語れなくなってしまう原理というものが、人間には存在する。トラウマ的な出来事の経験は、それを経験した本人には知ることが不可能なもので成り立っているという特徴があるのだ。
トラウマ的打撃は、その人生を破壊し、なぎ倒してしまう。異様なものや恐怖にすっかり生気を吸い取られ、つねに不安を心に抱かせてしまう。いつだってびくびくして、次に何が起こるかと、耳を澄ませながら怯えている人間に造り変えてしまうのだ。
トラウマ、それは同時に記憶を凍てつかせてしまうものだ。トラウマというひとつの打撃は、一瞬にせよ、長期間のものにせよ、心をその瞬間の記憶に捉えられるように仕向けるのだ。つねに寄り添う伴侶のように、それがいかに醜悪なものだとしても。
だからこそランズマンは語らせたのだ。そこで何が行われたのか、何が行われなかったのかを。記憶というのは捏造されてしまうものだからこそ、歴史家のイデアに封じ込まれる前に、語らせたのだ。生存者をホロコーストに連れ戻し、平凡なクリシェを繰り返す者をなだめ、言葉と言葉の間にあるものを丁寧に収集していったのだ。
声に出させることによって、心の呪縛を解き放とうと試みたのだ。口篭もり、沈黙する人々から吐き出されるものを見つけ出し、それをもう一度生存者たちに投げ返したのだ。そうすることによって、生存者自らが何にとまどい、語れないのかを想起させるために。出来事の後の出来事、人々の心の中で続いているものを見出すために。
『ショアー』は、理解に抵抗し、理解を破壊するものによって成り立つ映画だ。戦争の全体を俯瞰する神のような視線は決して持たず、生存者が体験したことを語らせるだけのシンプルな映画。しかしそれは、すべてを理解するという傲慢な思い込みを我々から奪い去り、語られることと語られないことの間に横たわるとてつもない荒涼を、我々に深くつきつけるものである。
忘却しないように、他者の悪意によって記憶を書きかえられないように...。
「新しいナショナリズム」という不気味な亡霊が闊歩する日本には、果たしてこのような記憶を語る場所があるのだろうか。かつてアジアの人々を次々と殺したように、我々は自らの戦争の記憶を虐殺しようとしているのだ。
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